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神戸地方裁判所 平成2年(ワ)647号 判決 1994年10月18日

原告

松岡郁子

橘吉夫こと

松岡吉夫

被告

右代表者法務大臣

前田勲男

右指定代理人

野中百合子

外三名

被告

西山明光

北川正

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告らは連帯して、原告らそれぞれに対し、各金一五〇万円及びこれに対する被告国については平成二年五月二二日から支払済まで、その余の被告らについては同月二〇日から支払済まで、各年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  本件は、執行官である被告西山明光(以下「被告西山」という。)が原告らを債務者としてなした動産執行及び建物明渡し執行が違法であるとして、原告らが、被告国に対しては国家賠償法一条一項による損害賠償請求権に基づき、被告西山及びその補助者である被告北川正(以下「被告北川」という。)に対しては民法七〇九条による損害賠償請求権に基づき、慰謝料として、各金一五〇万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日から支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

二  争いのない事実等

1  債務名義の存在

神戸地方裁判所は、昭和六三年一月二五日、原告らと訴外天理教春日野分教会(以下「訴外教会」という。)間の同裁判所昭和五六年(ワ)第一五一〇号寄託金返還等請求事件について、左記注文のとおりの判決を言い渡した。なお、右判決は、平成元年一一月三〇日、上告棄却の判決により確定した(乙第一号証の一、第二、第三号証)。

「一 原告らは、訴外教会に対し、別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)を明渡せ。

二  原告らは、訴外教会に対し、各自金一一四二万二二九五円及びこれに対する昭和五六年二月四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は原告らの負担とする。

四  この判決は、仮に執行することができる。

2 動産執行及び建物明渡し執行

(一)  訴外教会は、平成元年八月四日、右仮執行宣言付判決を債務名義とし、原告らを債務者とする動産執行の申立て(原告橘吉夫こと松岡吉夫(以下「原告吉夫」という。)につき神戸地方裁判所平成元年(執イ)第二九七五号、原告松岡郁子(以下「原告郁子」という。)につき同第二九七六号)及び本件建物の明渡し執行の申立て(原告吉夫につき同裁判所同年(執ロ)第二七二号、原告郁子につき同第二七三号)をなした。右各事件の強制執行は被告西山(右当時は、神戸地方裁判所執行官。)が担当することとなった。

(二)  被告西山は、平成元年一二月一一日、被告北川を執行補助者として動産執行をし、原告吉夫占有の動産三四点を差押え(なお、原告郁子占有の動産はなく、同原告については執行不能。)、平成二年二月二六日、被告北川を証人として立ち会わせ、原告吉夫占有の動産四点を追加差押えした。被告西山は、同月二八日、右各動産の中三五点(三点は見当たらず)の競り売りを実施し、同動産につき買受の申立をし、売却代金を支払った訴外教会に対し、同動産を引渡し、動産執行を終了した(乙第五号証の一ないし一〇、第六号証の一ないし七)。

(三)  被告西山は、平成二年二月二八日、神戸地方裁判所執行官中山正の援助を受け、原告郁子立会いの下に、本件建物の明渡執行をし、同日その執行を終了した(乙第七号証の一、同号証の二の一、二、同号証の三ないし一〇、第八号証の一ないし四)。

三  争点

1  本件の主要な争点は、原告らを債務者としてなされた右動産執行及び右建物明渡し執行(以下、これらを一括して「本件強制執行」という。)、特に平成二年二月二八日に実施された本件建物明渡し執行手続において、違法な点があるか否かである。

2  本件強制執行が違法であるとする原告らの主張は、必ずしも明確でないが、要旨次のとおりであると解される。

(一) 右建物明渡し執行手続の際、原告らの生活に欠くことができない衣服、寝具、家具等(民事執行法一三一条一号)、原告吉夫の電気職人としての職業に欠くことのできない動産(同条六号)及び原告らの子供の学習に必要な書類及び器具(同条一一号)等法律上差押禁止財産をはじめ、動産執行の対象外の原告ら所有の動産がいずれかに搬出され、その一部が焼却され、のちその他も廃棄された。

(二) 右建物明渡し執行手続の際、訴外教会に祭られていた御玉並びに礼拝及び祭祀に直接供するため欠くことのできない動産がいずれかに搬出され、その一部が焼却されたが、これらは法律上の差押禁止財産(民事執行法一三一条八号)であると同時に、原告らの所有ではなく、訴外教会の所有であった。

(三) 原告郁子は、平成二年二月一九日、原告吉夫と離婚して姓が「橘」から「松岡」に変わったが、同月二八日の執行手続は、原告郁子を「橘郁子」と表示する、未だ更正されていない債務名義に基づいてなされており、これは民事執行法二三条に違反する。

(四) 原告吉夫に対してなされた動産執行に関する追加差押調書(甲第三号証、乙第五号証の九)には、「執行場所に債務者又はその家族、同居人等不在であったので本執行に末記証人を立会わせた。」との記載があるが、これは全くの虚偽の事実である。

第三  争点に対する判断

一  まず本件建物の明渡し執行の経緯について検討する。

1  甲第五号証、検甲第七号証、第一〇号証、第一二号証、乙第五号証の一ないし一〇、第七号証の一、同号証の二の一及び二、同号証の三ないし一〇、第八号証の一ないし四、第一〇、第一一号証、丙第二号証、第四号証、原告吉夫(第一、二回)、原告郁子、被告西山、被告北川の各本人尋問の結果(ただし、原告吉夫(第一、二回)及び原告郁子の各本人尋問の結果のうち、後記の採用することのできない部分を除く。)を総合すると、次の各事実が認められる。

(一) 平成二年二月二八日午前一〇時から、原告吉夫を債務者とする動産執行事件の競り売り期日が開かれ、それと同時に、原告両名を債務者とする本件建物の明渡し執行が開始された。

本件強制執行の担当執行官は被告西山であり、他に執行官中山正が、午前中、建物明渡し執行の援助をした。また、同執行の債権者である訴外教会の代理人鳩谷邦丸弁護士(以下「鳩谷弁護士」という。)及び債務者である原告郁子がこれに立ち会った。原告吉夫は、当初本件建物の西隣の建物におり、午後二時過ぎに現場に現われた。

これに加え、当日、現場には、被告北川及び約一〇名の人夫がのぞみ、訴外教会の関係者二、三名もいあわせた。被告北川は、当日、訴外教会から依頼を受けた訴外西神総業有限会社(以下「訴外会社」という。)の従業員として、執行官に労務提供等をする人夫を監督する立場で加わった。

(二) 本件建物の明渡し執行にあたり、被告西山は、本件建物が、用法上、訴外教会の宗教活動に供されている部分(一階の神殿、礼拝場、神饌所及び二階全部)と原告らの私生活にもっぱら供されている部分(前記以外の部分)とに大別されると考えた。そして、被告西山は、本件建物のうち訴外教会の宗教活動に供されている部分には、訴外教会の礼拝又は祭祀のために用いられている動産及び同教会が信者である第三者から預っている動産があるのみで、原告らが所有する動産が見当たらなかったことから、同部分をそのまま訴外教会に引き渡せば足りると判断した。

そこで、被告西山は、右建物明渡し執行にあたり、本件建物のうち訴外教会の宗教活動に供されている部分に存在する動産には手をつけないという方針を立て、その旨を被告北川に伝えるとともに、被告北川を通じて当日現場にのぞんだ人夫らにも周知徹底させた。

これに対し、本件建物のうち原告らの私生活にもっぱら供されている部分に存在する動産(前記動産執行により訴外教会に引き渡された三五点を除く。)は、本件建物の明渡し執行の一環として、被告西山が、被告北川及び現場にのぞんだ人夫らを指揮・監督して、順次本件建物外に搬出したうえ、これを建物明渡し執行にともなう目的外動産として、原告郁子に引き渡す旨告げた。

(三) 原告郁子は、右動産のすべてを運搬・保管することが困難であったところ、被告西山は、原告郁子に対し、被告北川の勤務する訴外会社に右保管を委託すればどうかとの助言を与えた。

そして、原告郁子と被告北川との交渉により、右動産を訴外会社が保管し、原告らが平成二年三月三一日までに同社の保管場所までこれらの動産を引き取りに行かない場合には、原告らがその所有権を放棄したものとみなして、同社においてこれを廃棄することを内容とする合意が成立し、原告郁子は同内容の放棄書(丙第二号証)に署名した。右合意どおり、原告らは訴外会社の右動産の同社への搬出に異議を述べていない。

(四) また、被告西山は、本件建物のうち原告らの私生活にもっぱら供されている部分に存在する動産を運び出すに際し、原告郁子に対し、貴重品や重要書類は自ら別に持ち出した方が良い旨を助言した。そして、この助言に応じて、当初は原告郁子が、後に原告らが、貴重品、重要書類、身の回りの品物、着替の下着類、子供の学用品等を自ら選択し、原告らのワゴン車に運び込んだ。

(五) このように、本件建物のうち原告らの私生活にもっぱら供されている部分に存在していた動産はすべて本件建物外に搬出され、原告吉夫の妻である原告郁子に引き渡されたことになり、もって、本件建物に対する原告らの占有は解かれ、被告西山は、本件建物を鳩谷弁護士に引き渡した。そして、これにより、本件建物の明渡し執行は、右同日中に完了した。

(六) ところで、被告西山は、前記のとおり、本件建物のうち訴外教会の宗教活動に供されている部分に存在していた動産には手をつけないという方針を立てていたが、当日、現場にいあわせた同教会の関係者は、同教会が近い将来本件建物を他に売却する予定もあって、これらのうち本件建物の一階に存在していた一部の動産を、本件建物外に搬出した。

これに対し、被告西山は、これらの動産が原告らの所有ではなく訴外教会の所有であることが明らかであり、かつ、当日、現場に、訴外教会の実質上の責任者として鳩谷弁護士が立ち会っていたため、これを別段制止することなく黙認していたが、あくまでも、自らの職務である本件建物の明渡し執行としては、これらの動産を自ら持ち出したり、その持出しを他に命じたりしたことはなかった。

また、本件建物の二階に存在していた動産は、当日、本件建物外には全く搬出されていない。

(七) 原告郁子が訴外会社に保管を委託した動産は、原告らがその後引き取りに行かなかったために、平成二年四月三日、同社により廃棄された。

2  原告吉夫(第一、二回)及び原告郁子の各本人尋問の結果中には、本件建物明渡し執行手続の際、被告西山が指示して本件建物を毀損し、あるいは、訴外教会の礼拝等に供されていた動産や原告らの子供の学用品、制服等を焼却したことがあり、検甲第一号証ないし第三号証、第五、第六号証、第八、第九号証、第一三号証ないし第一五号証がその証拠写真であるとする部分がある。

しかし、原告吉夫(第一回)及び原告郁子の各本人尋問の結果によると、これらの写真はそもそも後日撮影されたものであり、しかも、原告らは、建物が毀損されたり、物が焼却されたりしているのを直接見たわけではないことが認められる。

そして、乙第七号証の一〇、第一〇、第一一号証、被告西山及び被告北川の各本人尋問の結果によると、本件建物明渡し執行は、午前一〇時から午後六時までを要した相当大規模なものであり、被告西山らは本件建物内に存在した動産を次々とトラックに乗せて他に搬出する作業に追われていたこと、被告西山から鳩谷弁護士への本件建物引渡しに際し、右両名は本件建物を点検したことが認められ、これらの事実によると、被告西山らが本件建物を毀損したり、現場で右動産を燃やしたりするという不必要かつ不自然な行為をあえて行うというような状況には到底なかったものと推認されるから、原告吉夫(第一、二回)及び原告郁子の前記各供述部分を採用することはできない。

3  そして、他に、前記1の認定を覆すに足りる証拠はない。

二  そこで、前記争いのない事実等と右認定事実を前提として、本件強制執行が違法であるとする原告らの主張の当否を順次検討する。

1(一) 原告らは、平成二年二月二八日に実施された本件建物明渡し執行手続の際、法律上差押禁止財産をはじめ動産執行の対象外の原告ら所有の動産がいずれかに搬出され、その一部が焼却され、のちその他も廃棄された旨主張する。

(二) まず、本件建物のうち原告らの私生活にもっぱら供されている部分に存在していた動産が、本件建物の明渡し執行の一環として、被告西山の指揮・監督下に、順次本件建物外に搬出されたことが、焼却された動産はなかったことは前記認定のとおりである。

ところで、民事執行法一六八条一項によると、不動産明渡しの強制執行は、執行官が債務者の当該不動産に対する占有を解いて債権者にその占有を取得させる方法により行うものであり、同条四項によると、当該不動産内にその目的物でない動産があるときは、執行官は、当然の職務として、これを取り除いて債務者等に引き渡すものとされている。

そして、同法一三一条は、動産執行にあたり差し押さえてはならない動産を定めているにすぎず、建物明渡し執行に際し、執行官が同法一六八条四項によってこれらの動産を取り除くことまでをも禁止しているわけではないから、被告西山が、動産執行の対象外とされた原告ら所有の動産を本件建物外に持ち出した行為を違法と評価する余地は全くない。

(三) 次に、訴外会社が、被告西山から原告郁子に引き渡された動産を自社の倉庫に搬出して保管し、のちに廃棄したことは前記認定のとおりである。

しかしながら、右搬出・保管・廃棄行為は原告郁子との約定に基づくものであり、しかも、原告らにおいて重要と思われる品物は事前に持ち出していること、右保管期間は一か月以上あったことが認められるから、右搬出・保管・廃棄のいずれの行為についてもこれを違法なものとすることはできない。

2 原告らは、右執行手続の際、法律上の差押禁止財産であると同時に訴外教会の所有である動産が搬出され、その一部が焼却された旨主張する。

しかしながら、右動産の搬出は訴外教会の関係者の手によってなされたこと、被告西山は、自らの職務である本件強制執行として、これらの動産を自ら搬出したり、その搬出を他に命じたりしたことはなかったこと、焼却された動産はなかったことは前記認定のとおりであって、これらの事実によると、右執行手続の際、訴外教会の関係者が訴外教会所有の財産の一部を搬出し、被告西山がこれを黙認したからといって、被告西山らについて、原告らに対する不法行為が成立するものと評価することは到底できない。

3 原告らは、原告郁子は平成二年二月一九日原告吉夫と離婚して「松岡郁子」となったが、右執行手続は、原告郁子を「橘郁子」と表示する、未だ更正されていない債務名義に基づいてなされており、これは民事執行法二三条に違反する旨主張する。

しかし、判決の更正(民事訴訟法一九四条)は、判決そのものに判決成立時に誤謬があることが後に判明した場合になされるものであるところ、原告郁子の右氏の変更前に右債務名義の基である前記判決の上告審判決も言渡されて確定し、右判決に何ら誤謬はないから、本件はこれに該当せず、しかも、債務名義に表示された「橘郁子」と本件建物明渡し執行を現実に受けた債務者である原告郁子とは同一人であるから、前記執行手続について民事執行法二三条に違反するところはない。

それゆえ、この点に関する原告らの主張はそれ自体失当である。

4 原告らは、原告吉夫に対してなされた動産執行に関する追加差押調書(甲第三号証、乙第五号証の九)には、「執行場所に債務者又はその家族、同居人等不在であったので本執行に末記証人を立会わせた。」との記載があるが、これは全くの虚偽の事実である旨主張する。

しかし、甲第三号証、乙第五号証の九、第一〇号証、被告西山及び被告北川の各本人尋問の結果によると、右追加差押調書は平成二年二月二六日になされた動産執行に関して作成されたものであること、その作成にあたり「平成二年二月二八日」と誤って記されたもの(甲第三号証)が原出告吉に交付されたこと、後にその誤りが訂正されたが、建物明渡し執行により原告吉夫の所在が不明となったため、訂正された調書(乙第五号証の九)の正本は原告吉夫には送達されていないこと、被告西山及び被告北川が同月二六日に原告らの居住する本件建物に出向いた際には、玄関は施錠されており、中に人がいる気配はしたものの、被告西山及び被告北川の再三の呼びかけに対して何も応答がなかったこと、そこで、被告西山は、右追加差押調書に「執行場所に債務者又はその家族、同居人等不在であったので本執行に末記証人を立会わせた。」と記載し、証人として被告北川の署名を徴したことが認められる。

そして、右認定にかかる事情の下においては、被告西山の判断は正当なものとして是認することができるから、右追加差押調書には何らの瑕疵はなく、ひいては、原告吉夫に対する動産執行が違法であるということはできない。

5 原告らは、原告吉夫に対してなされた動産執行は民事執行法一三一条に違反する旨主張するようである。

しかし、原告吉夫に対する動産執行にあたり差し押さえられた動産は、乙第五号証の七に記載された三四点及び乙第五号証の九に記載された四点であり、これがいずれも同条に定める差押禁止財産にあたらないことは明らかであるから、原告らの右主張は採用できない。

6 そして、本件全証拠を仔細に検討してみても、他に本件強制執行が違法であることを認めるに足りる証拠はない。

第四  結論

よって、原告らの本訴各請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がないからこれらを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官横田勝年 裁判官永吉孝夫 裁判官安浪亮介)

別紙物件目録<省略>

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